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第12話 アルフォンスとレオンハルト

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-04-08 11:00:00

◆◆◆◆◆

(□2週間後□ ルーベンス侯爵家 アルフォンスの自室)

「ヴィオレットがアシュフォード家に戻ってから二週間が経った。そのまま実家に戻らないのだが、相談に乗ってくれ、レオンハルト。」

アルフォンスは、自室のデスクに座りながらそう切り出した。

「緊急で俺を領地から呼び寄せた理由がそれなのか、兄貴?」

弟のレオンハルトは呆れたように答える。アルフォンスは彼が幼い頃にグレイブルック家を出てルーベンス侯爵家の養子となった経緯がある。

「そうだが……問題か?」

「いや、問題というか……緊急の呼び出しだから、領地運営のことで何か大きな問題が起きたのかと思ってさ。」

アルフォンスがルーベンス家の当主となったのは、ヴィオレットの両親が亡くなった直後、彼が成人したばかりの頃だった。そのため、近縁のグレイブルック家が長らくルーベンス家の領地運営を代行してきた経緯がある。

「グレイブルック家には感謝している。王城出仕のため領地にはなかなか帰れないが、帳簿を見る限り領地運営は順調のようだ。」

アルフォンスの素直な感謝の言葉に、レオンハルトは少し意地悪な気持ちになり、口を開いた。

「グレイブルック家の当主が実の父親だからって、信用しすぎじゃないか?」

「どういう意味だ?」

「グレイブルック家も領地を持ってるけど、ルーベンス家とは比べ物にならないほど小さいだろ?帳簿を誤魔化して私服を肥やしてるかもしれないぞ。」

その言葉を聞いて、アルフォンスは肩をすくめて答えた。

「グレイブルック家に密偵を放っているが、

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    ◆◆◆◆◆セドリックは胸の中で密かに安堵する。もし情に流されて、ミアを主の食卓に誘っていたら、妾と正妻が鉢合わせになるところだった。ダイニングルームでは、ヴィオレットとリリアーナが親しげに会話を交わしている。「母上、このスープ、とっても美味しいです! ハーブの香りがいっぱい!」「本当に香り高いわね。リリアーナ、ハーブの種類を執事に尋ねてみたら?」セドリックはヴィオレットが自室で泣きながら娘と過ごすのだと思っていた。妻の意外な行動にセドリックは戸惑い思考を巡らす。――怪我を負わされたその日に、夫と顔を合わせて食事などしたくないだろうに……何か企んでいるのか?「ジェフリー、このスープに使われているハーブは何?」リリアーナが執事に問いかけると、ジェフリーは丁寧に答えた。「お嬢様、こちらのスープには、新鮮なタイム、ローズマリー、そして少量のタラゴンが使われております。料理長が今朝、温室から摘み取ったものです。」「いっぱいハーブが使われてるんだね。とっても美味しいよ。」「ありがとうございます。料理人にも伝えておきます、お嬢様。デザートにはタイムを使った洋梨のポーチをご用意しておりますので、そちらもお楽しみくださいませ。」「楽しみ~!」リリアーナの明るい声が響く。その声を聞きながら、セドリックはふと考えた。――そういえば、リリアーナが手作りしたクッキーもハーブ入りだったな。まさか……ヴィオレットがこの場で娘に質問させたのは、俺への嫌味か?その考えを振り払うように、セドリックは首を振った。――考えすぎだな。彼は早く食事を終えたいと願った。だが、まだ最初のスープが出ただけで、終わりは遠い。セドリックは気まずい思いを抱えつつスープを口にする。「……確かに、美味いスープだな。」思わず口に出た言葉に、セドリックはハッとした。だが、何を遠慮する必要があるだろう。この邸の主は自分だ。テーブルクロスは真っ白なリネン、銀製のカトラリー、彩り豊かな磁器のプレートが並ぶ伯爵家にふさわしい食卓。その場にミアを呼んでいたら、邸の品位が下がるところだった。そのとき、ヴィオレットが柔らかな笑みを浮かべながら口を開いた。「ところで……ミアさんはどちらでお食事をなさっているのですか?」燭台の光に照らされた彼女の美しい顔立ちに、一瞬セドリックの心が揺れる。その笑みを

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    ◆◆◆◆◆ヴィオレットがカーテン越しにこちらを見ていた。ミアはすぐに身を隠したが、彼女に見られたかもしれない自分の笑顔が気になる。「ふふ、だから何?気にすることないわ。あの女とセドリックの仲なんて、もう終わっているじゃない」遠くから二人を見ていても、その不仲は誰の目にも明らかだった。――もう、私の勝ちみたいなものじゃない?そんな考えに気を良くしていると、赤子の泣き声が聞こえてきた。「ふにゃ、ふにゃ、あぁ~にゃ」「また泣いてる……」ミアは猫の様な我が子の泣き声に顔をしかめる。そして、ベビーベッドに目を向けた。「どうして泣いているのかしら?お乳が欲しいの?それともおしめ?」赤子を覗き込みながら、心の中で毒づく。――もっと可愛く泣けばいいのに。しかし、泣き顔さえも愛おしいと思える理由が彼女にはあった。「ルイ、私の大事な……大事な……」――金づる。ベビーベッドに横たわるルイの姿は、生まれながらの貴族そのものだった。上質な素材で作られたベッドで眠る赤子を見ながら、ミアは心の中でつぶやく。――ルイさえいれば、私の人生は安泰だわ。生まれてきてくれてありがとう、ルイ。「私の可愛い赤ちゃん!」ミアはそう言いながらルイを抱き上げた。その瞬間、部屋の扉が開き、セドリックが姿を現した。「セドリック様!」彼の訪問にミアの胸は高鳴る。「ミア、ルイが泣いていたようだが、何かあったのか?」セドリックはミアが抱くルイに目を向けながら尋ねた。その視線に、ミアは彼が自分を心配していると確信する。――この調子なら、ヴィオレットを追い出してアシュフォード家の女主人になるのもすぐね。「ルイなら、もう泣き止みましたわ。母親の私に抱かれて安心したみたいです。やっぱり母子は一緒でないと駄目ですね」満面の笑みで答えるミアだったが、セドリックの表情は曇るばかりだった。「ミア、これからはルイのことを『ルイ様』と呼べ。お前はルイの実母だが、身分は乳母だ。立場をわきまえろ」「そ、そんな……」ミアは困惑しながらも、セドリックにルイを手渡した。彼は赤子を受け取ると、その小さな顔を愛おしそうに見つめる。「やはり、ルイは俺によく似ている。髪の色も、目の色もそっくりだ。邸に連れてきて正解だった……顔を見るだけで癒される」セドリックがそう呟くのを聞きながら、ミアは胸の内で安堵

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